黄茶は、緑茶と烏龍茶の間に位置する“半発酵茶”である。
葉は軽く萎凋され、低温で加熱・固定され、そして穏やかに焙じられる。
この工程によって、黄茶は独特のバランスを持つ風味に仕上がる。
緑茶ほど青く爽やかではなく、烏龍茶ほど深く燻されてもいない——
その中間にある「清らかさ」と「温かみ」、そして「熟成の丸み」を備えている。

1. 風味ホイールの解読
風味ホイールは、茶の香味全体のスペクトルと構造を視覚化したもの。
黄茶のホイールには、中心から外側へ向かって次の層がある:
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内層:基本カテゴリー(甘味・花香・果香・植物香・焙煎香・余韻)
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中層:より具体的なサブカテゴリ(ミルク、蜂蜜、ハーブ、シナモン、スモーキー、ナッツなど)
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外層:詳細な香り(黒糖、ミルクパウダー、カカオ、モルトなど)
ホイールは以下の目的で使われる:
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茶を体系的に「読む」
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等級や焙煎度の違いを比較する
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香味を正確に言語化する

2. ホイールの読み方
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中心から外側へ読む:大分類 → 小分類 → 具体的なノート
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香りの層を感じる:乾葉 → 温葉 → 湯を注いだ直後 → 飲後香
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味覚の部位で捉える:初感(甘・渋)→ ボディ(丸み・厚み)→ 余韻(長さ・清涼感)
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表現を具体化:「香ばしい」や「濃い」ではなく、ホイール上の語彙(例:蜂蜜、蘭花、モルト)を使う。
ホイールを使い続けることで、職人は感覚を鍛え、愛飲家は「なぜこの茶が好きなのか」を理解できる。
3. 主な香味グループ
🍊 果香グループ(Fruit Aroma)
明るく瑞々しい層。軽い発酵によって生まれる。
ノート:オレンジ、マンダリン、梨、桃、杏、青リンゴ、干し葡萄。
これは酵素分解により生じたアルデヒド・エステル類が作る“熟した果実の香り”。
適切な乾燥でこの層を「焼かずに閉じ込める」ことが、透明感のある陽光のような香味を生む。
🍯 甘香グループ(Sweet Aroma)
黄茶の骨格を形づくる。
ノート:蜂蜜、焼き砂糖、若い稲穂、モルト。
軽焙煎ではミルキーで柔らかく、強焙煎ではキャラメルや焦糖の甘みに変化。
この甘香は、90~110℃でのマイラード反応によって形成される。
🌿 植物香グループ(Vegetal Aroma)
原料と産地の気候を映す香り。
ノート:青豆、青草、ハーブ、干し藁、煮野菜。
火入れが弱いと“青臭さ”が残り、強すぎると香ばしさを失う。
理想は清く軽い植物香がベースにあり、その上に甘味と花香が重なること。
🌸 花香グループ(Floral Aroma)
黄茶の魂。
ノート:蘭、ジャスミン、ネロリ、野花。
湿度と温度を精密に管理した“微発酵”の過程で、天然テルペノイドが生成される。
早すぎる加熱は花香を閉じ込められず、遅すぎると糖化して蜂蜜香へと変わる。
成功した黄茶の花香は、澄んで柔らかく、水蒸気のように繊細。
🌰 複合香グループ(Complex Aroma)
木香、ナッツ、シナモン、八角、甘草、干柿などの深みある層。
最終乾燥(120~130℃)の段階で生まれる「熟度の香り」。
この層が、黄茶に“深さ・厚み・真の茶らしさ”を与える。
🍞 軽焙煎香グループ(Light Roast Aroma)
黄茶の“職人の署名”。
ノート:ビスケット、穀物、焼き粉、ライトモルト。
火は弱すぎても強すぎてもいけない。3~5℃の差で花香が消える。
微焙煎によって香りが安定し、余韻の甘みが伸び、非工業的な「手の温もり」を残す。
4. 味と余韻
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基本味:甘味・渋味・苦味・辛味・塩味
黄茶は柔らかく、軽やかな甘みと滑らかな舌触りを持つ。 -
焙煎低め:清らかで冷涼感があり、渋み少なめ。
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中焙煎:調和が取れたバランス型。
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高焙煎:深く、後味が長く続く。
**余韻(Aftertaste)**は「茶の記憶」。
黄茶の余韻は、甘く、なめらかで、清らかに長く続く。
湿度や火加減が正確な証であり、良いロットほど余韻は透明で伸びやかになる。
5. 風味ホイールの活用法
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乾葉を嗅ぐ:基調の香りを捉える。
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湯気を嗅ぐ:花・乳・蜂蜜・焙煎などの立ち香を記録。
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口に含む:入口 → 中盤 → 余韻の移ろいを感じる。
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ホイールで照合:該当する香り群を特定。
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記録する:季節やロット、焙煎条件を比較。
体系的に記録することで、自分の「嗜好」を理解し、店舗や製品に最適な茶を選ぶことができる。
6. 総括
黄茶は「二つの世界の間に立つ茶」。
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緑茶の若々しさと透明感を保ちつつ、
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烏龍茶の深みと円熟を併せ持つ。
それは“とどまることを知る人の茶”。
強い香りを追わず、深い苦味にも沈まない。
技術と感性の均衡、その間にある静けさこそが黄茶の本質である。
風味ホイールを正しく読むことは、職人にとっては発酵・乾燥・焙煎を調整する手がかりとなり、
バリスタにとっては抽出バランスの指針となり、
そして愛飲家にとっては、茶の中に宿る“感情の名”を呼び覚ます言葉となる。

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